F1デビュー

アイルトン・セナのトールマン時代
1984年、トールマンからF1デビュー。第2戦南アフリカGPで6位に入り、初の入賞を記録。大雨となった第6戦モナコGPでは、予選13位から追い上げて2位に入賞した。
活躍の一方、シーズン途中にロータス・ルノーへの移籍をチームに無断で発表した事により、チームから第14戦イタリアGPを欠場させられるペナルティを課された。
最終戦ポルトガルGPで3位で締めくくり、この年は3度の表彰台を含む計5度の入賞。ランキングではナイジェル・マンセルと並び9位となった。
また、この年はF1以外にポルシェ956耐久レースにも参戦した。

アイルトン・セナのロータス時代
1985年からは名門のロータスに移籍し、第2戦ポルトガルGP予選において初のポールポジション(以下PP)を獲得する。大雨となった決勝では、スタートからトップを独走し、念願のF1初優勝を果たす。
この年は計7回のPPを獲得した他、同じく雨に見舞われたベルギーGPで自身2勝目をあげ、ランキング4位となる。「予選」と「雨」に強さを垣間見せることとなったが、一方で予選において露骨に他者のタイムアタックを妨害するなど、ダーティーな走りが問題視される面もあった。

翌1986年には、予選ではルノーの予選用スペシャルエンジンの性能もあってシーズン16戦中の半分に及ぶ8度のPPを獲得、決勝においては2度の優勝を飾り、自身初のチャンピオン争いを経験した。特にスペインGPでは、ペースアップして追い上げるマンセルを0.014秒・わずか数十センチで制した勝負は有名。結局後半に失速したことが響き、ランキング4位に終わったが、若手の有望株として確実に名前が知られていくこととなった。また、強さを見せるホンダエンジンを手にしたいとの思いを抱くようになった。

1987年、ロータスは念願のホンダエンジンを獲得。チームが開発中だったアクティブサスペンションに不具合が多発し苦戦したが、市街地で行われたモナコGP、デトロイトGPでは、タイヤの磨耗が少ないというアクティブサスの利点を生かし、タイヤ無交換で走り切り優勝。しかし、その後はチームメイトの中嶋悟とともに苦戦を強いられ、第12戦イタリアGP時でチャンピオン争いから脱落した。
この年は、鈴鹿における日本GPが初開催された年でもある。第15戦となったこのレースで、セナは予選7位からロケットスタートでネルソン・ピケを抜き去った。最終的に2位に入り、ホンダ最上位となった。しかし続く最終戦オーストラリアGPでは、2戦連続で2位に入ったものの、ブレーキダクト違反で失格処分を受け、ドライバーズタイトルで2位のナイジェル・マンセルを上回ることができなかった。
結局、前年までと同様の2勝に留まり、ポール・ポジションは1回に終わった。


A.セナ ブロンズ像(セナ財団公認)

■セナのの姿を形に残したブロンズ像の入荷です。
■商品は限定生産 1,000個(シリアルナンバー 0086/1000)
■専用ディスプレー木製BOXです
■ブロンズ像台座部も高級感あふれるストーン仕上げ
■材質:像部…ブロンズ、台座部…大理石
■全高:36cm(台座含む)
■重量:約8.5キロ(台座含む)
■証明書付(イグチ氏の証明サイン入り)
■『アイルトンセナ財団公認』商品です


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